大前研一さん(当時:平成維新の会 代表)

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1993年10月-月刊:介護ジャーナル掲載より

シルバータウンや住宅は、家族の絆を生かせる形で

わが国の住環境の悪さは、決して良い方へと向かっていない。それは、高齢者にとっては、親子同居もできず、コミュニティーにも恵まれない状況で生活してゆかねばならないという深刻な問題が待ち受けている。高齢化が進む日本の、近い将来の住環境問題について「平成維新の会」の大前研一氏に語っていただいた。

20年後は必須のシルバータウン高齢化社会がすすんで行く

20年後は、シルバータウン、つまり高齢者用の町は、絶対に必要です。だが、現在いわれているシルバータウンの構想は、土建屋的発想のシルバータウン。リゾートがうまくいかなかったから、シルバータウンに作戦変更、というレベルのものです。現在の大都市周辺に住む人の住宅は、65歳くらいの人は、100㎡くらいの広さがあり、通勤も45分。三世代同居に変るのも可能な広さです。35歳から45歳くらいになると、広さは75㎡、1時間くらいの通勤圏のところです。これが25歳から35歳くらいになると、大学を出たサラリーマンで、50㎡の広さで、しかも1時間20分もかかるところのものしか買えない。三世代はおろか、子どもはひとりがせいぜい、2人持ったら、プライバシーもなにもない生活です。高齢化社会に向かっている現在、20年後に老人となる世代を調査対象として、老人問題を考えねばなりません。20年後の住環境を考えると、1時間20分もかけて通勤している人たちに、近隣のつき合いやコミュニティーができてるはずがない。さらに高齢化したとき、子や孫との同居もできないのに、そこに住みつづけたいと思う人は、ほとんどいないはずです。ですから、シルバータウンは必須のものなのです。私が考えるシルバータウンは、交通の便のいいところに、スポーツや自然に親しめるところがあって、子どもや孫が、週末や長い休みに来れるところ。都市周辺でなくとも、そのころは、自由化して安い料金になっている、飛行機ですぐに行けるようなところに作る。つまり、家族との再会頻度を高く保ちつづけられる配慮が必要ということです。

家族の問題として処理する部分を残す

老人問題に関して、他の先進国と日本の違いは、日本は、かなりの部分を家族の問題として処理してきたということです。アメリカでは、18歳や20歳になってもまだ、親と同居していると、べつ視される傾向がある。家族の絆の強かったドイツでさえ、同居する子どもはいなくなり、アメリカのような状況にさしかかっています。日本はまだ、先進国の中では珍しく、そういう傾向が遅れていて、三世代同居を希望している人たちが増えています。奥さんは、おばあちゃんをベビーシッターに使おうという実用性もあるからです。日本のこの家族間の絆は、家族の葛藤に向かわせずに、なるべく引き延ばし、そういう価値観を持っている人を、税制などいろんな面で優遇してあげるべきです。そうすれば社会が安定するだけでなく、老人の保健福祉のための社会的コストが、すべて政府の問題になるということがなくなります。また、三世代同居は、子どもにとっても価値観の伝承など、プラスの影響があるはずです。ただ、家族の問題としてこの問題についてがんばっている人が、困ったとき、いつでもタオルを投げて、行政の支援を受けられるような制度は作らなければいけません。

半病院のような中間的住施設を

寝たきり老人についていえば、作らない、寝たきりにさせない努力が必要です。つまり、医療行政の対象者にするのではなく、高齢者行政の枠内にとめておくことが重要。そのためには、半病院のような、中間の階を用意する必要があり、老人保健施設がつくられていますが、部屋の収容人数、ベッドの大きさまで決まっていて、家族と2人で住むという概念ではできていない。規則があって自由にできないのです。家族の絆を大切にした老人福祉行政を考えるとき、自分の家にいるのと変わらない雰囲気のもの、病院ではなく住空間であるという、中間的なものを増やしてゆく必要があります。もし、自宅を、そういう風なところにしようとする人には、改築、増築への公的補助やヘルパー派遣などの援助をします。しかし、よく考えてみると自宅の場合だと、その方が亡くなったあとは、無駄になる。だから、そういう住空間を専門家を入れて、公的に、地域内にあちこちに作るというのが、日本における解決策としてはいいのじゃないかと、私は思っています。