森毅さん 京都大学名誉教授 評論家

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1995年01月-月刊:介護ジャーナル掲載より

過去を忘れ人生を4回生きる。不健康なんか恐くない!?

柔らかな関西弁でユニークな自説を展開する森毅(つよし)さんは、京都大学の名誉教授。専門は数学だが、「そんなんやってたのは昔のこと」と、現在は社会問題や人生、文学など幅広い分野で評論活動を行っている。人生20年説、看護婦さん高給引きぬき説、不健康でけっこう説など、またまたおもしろい話が飛び出した。

20年前の自分は他人昔にこだわらず、変化したい森さんの人生論に“人生20年説”というのがある。これは20年ごとに新しい人生が始まる、人生80年として4回生きられるというもの。「なぜそんなことを唱えたかというと、定年後も京大教授にこだわっている人はつまらないという気がしたからです。年をとると社会的のものも薄れていきますし。だから過去にこだわらないで、20年前の俺はアカの他人やと思ったら気持ちよく生きられるんじゃないかと。体の中の物質は新陳代謝によってどんどん変わっていると聞きますし、頭の中の配線だって組み変わってる。人間は変わっていくものなんです」。京大の数学の教授という肩書は、森さんにとっては過去の遺産。いつまでもそれを引きずるのはイヤ。だから、大学、数学、教育について講演を頼まれるのは「かなわんなあ。もう飽きたなあ」と思ってしまう。「今までどおりに生きるより、目先が変わる方が好きですから。はずみで生きてるだけやからライフスタイルなんて何もないし、この先どうしようとか、全然考えないタチで。自然体ですね。抑圧が多い時代にそれで生きられるのは恵まれてると思ってますけど」

●病院は看護婦さんが決め手

有能な人には高給を僕が病院経営者なら、看護婦さんに力を入れると力説する。「入院してる人の話を聞くと、医者より看護婦さんの良し悪しが大きいって言いますね。たしかに医者は忙しいから看護婦さんが頼りになる。僕ならあちこちから評判の看護婦さんをひき抜いてきて、あそこは医者はともかく看護婦さんがええでという、そんな病院作りたいなあ。高給払ってね」有能な人には恵まれた給料を払って当然。一律に評価するのはおかしいというのが持論だ。「患者との接し方、医学的な知識なんかで看護婦さんによってものすごう差がありますから。完全に能力給にしてもいい。付添婦さんや家政婦さんにも同じことが言えると思いますね」

●不健康でええやないの

ダラダラと100まで生きる世は過剰ともいえる健康ブーム。だが森さんは牛乳、フルーツ、生野菜が苦手でタバコ、コーヒー、香辛料が大好き。スポーツは全くしない。「子供の頃からすぐ病気になる健康不良児だったから、逆に不健康であることに強くなったというか、そのことに対するストレスはないですね。健康でありたいなんて思わないし、熱っぽい状態のハイな気分が好きだし、お腹の調子が悪いときの脱力感もこれまた好きでね。不健康でええやないのと思てるんです」。デレッと寝てられるから、入院するのも好きなんだそうだ。「これを老人問題にあてはめてみると、元気モリモリじゃなくていいということ。NHKの企画で100歳の人たちと会ったとき、実に元気な人ばっかりなんです。でも、それを見て、私はあんなじゃないと落ち込むことはない。もちろん100歳のスターはいていいけど、ただダラダラと100まで生きてる人の方が多いに決まってるし、元気でなくてもいいんですよ」森さんはまた、ポックリと死にたいとは思わない。「戦争中、軟弱非国民少年だったせいもあって、花と散る思想が嫌いです。生に対して執着もないけど、別に死に際、かっこようせんでもええやないのという気がある。つっぱるの苦手やから」。生きるも死ぬも、あくまで“自然体”が身上なのである。