岸 朝子さん 食生活ジャーナリスト エディターズ代表取締役

このエントリーをはてなブックマークに追加
2004年01月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時80歳)

あきらめちゃダメ、80歳はまだサラワラビ(童)

時代が言葉を生むのか、あるいは言葉が時代の案内役なのか。それはある意味、鮮烈な体験でもあった。
「おいしゅうございます」と『料理の鉄人』で岸さんがにこやかに言ったとき、テレビ視聴者の多くがその言葉の中に、本来あるべき日本人と食とのかかわりを敏感に感じ取ったのではないだろうか。
その後も平均寿命は延び続け、他方では孤食や糖尿病という負の部分も急増した。そんな今を、“料理記者歴48年”の岸さんが明快に斬る!

◎妊娠7ヵ月で入社にチャレンジ

「おいしゅうございますって言葉、皆さん不思議がりますよ。若い新聞記者なんか、番組の脚本にあったんですかって言うから、脚本なんかないわよって。
大正生まれの者は誰でも使っていますよ(笑)」
そう、岸さんが生まれたのは大正12年、関東大震災があった年なのだ。
「両親が沖縄で、私は東京の大久保生まれ。
なかなか生まれないと言って、母がね、同居している女性と一緒に新宿まで映画を観に行ったら、その夜産気づいたって(笑)」。
沖縄の女ってのんきと岸さん自ら評するように、生まれながらに受けついだ伸びやかな性格は、その後の人生にいかんなく発揮されていく。
女子栄養学園を卒業して結婚。千葉県・五井で牡蠣の養殖を始めた夫を手伝って、3人の子育ての傍ら、水道もガスもない時代に毎日15、16人分の食事を作り、自転車で牡蠣の行商もこなした。
まさに大変ながんばりようだが、「今の人が甘いのよ。当たり前のことだったでしょ、昔は」とさらりと言う。「牡蠣を売った帰り道に競輪の選手と一緒になるの。一生懸命追いかけてね。
私も競輪の選手になろうかと思ったりして(笑)」。
そしてなんと昭和30年に、新聞の求人広告を見て主婦の友に応募し、みごと合格した。5番目の子がお腹にいる、妊娠7ヵ月のことだった。

◎原点は病人をつくらないための食事

当時の入社試験の様子はどうだったのだろうか。「願書と一緒に作文も持っていきました。試験は献立を立て、レシピも書くこと。労働者とサラリーマン(当時の知識階層)と子沢山の家の3つの、1日分の献立をね。
だから実際に家庭で料理をやってないとできないわけ。
で、大工さんの奥さんは内職のお裁縫をしながら七輪でコトコト豆を煮る音がする、なんてウソばっかり書いたりね(笑)」主婦の友には女性記者も多く、料理記者という名称もその頃からあったそうだ。
32歳でその料理記者として新たにスタートを切った岸さんの原点にあるのが、女子栄養学園の創立者、香川綾さんらに学んだ“病人をつくらないための食事の普及”である。
平成14年の厚生労働省・糖尿病実態調査では、強い疑いありが約740万人、予備軍が約880万人の計約1620万人と、今や糖尿病は6人に1人という国民病になった。
「私、母も姉も糖尿病なんですよ。だから体質はあるのね。引き金になるのは肥満とストレスに運動不足。治療は食事と運動の両輪ですね。香川綾さんの4つの食品群という食べ方があるんですよ。1日に摂るのはタンパク質・カルシウム源である卵と牛乳、肉1切れ、魚1切れ、豆腐2分の1丁。ミネラル・ビタミン源の野菜が350g。このうち緑黄色野菜を120g以上と、おイモを1個。ビタミン・ミネラルを補う果物を200gに、こんにゃくや海草などの食物繊維ね。それとエネルギー源としてのお米。小麦よりお米の方がいいの」

◎学校給食の場にお年寄りを

岸さんは現在、講演活動などを通じて、食や食文化の大切さを広く伝え続けている。
「1日に1回は家族そろってご飯を食べましょう。子供に台所を手伝わしなさいって。台所は子供たちの食育の場よ。先日、女子栄養大学学長の香川芳子先生と滋賀県学校給食研究協議大会でご一緒したとき、芳子先生が『今子供が減っているから、学校給食の場にお年寄りを来させなさい』と。そうすれば1日1食満足なご飯が食べられるじゃない。薄味だし量もちょうどいいし、外出すればおめかしできて気分も変わる。おいしいものを食べれば心が豊かになって、そのおいしいと感じたことが、ホルモンの代謝にも関係するんですって。この学校給食にお年寄りをというの、とてもいいアイデアでしょう」
沖縄本島大宜味村にある“日本一長寿宣言の村”の碑には、「…八十(歳)はサラワラビ(童)、九十(歳)になって迎えに来たら、百(歳)まで待てと追い返せ、我らは老いてますます意気盛んなり…」との言葉が記されている。
「この80歳でサラワラビってのが気に入りましてね。
だから私がお年寄りに伝えたい言葉は、『あきらめちゃダメよ。明日は明日でまた風が吹きますから』、だって私自身70歳でテレビに出て、芸能人って言われるようになるなんて、まったく思いもかけないことでしたもの(笑)」