三遊亭 円楽さん 落語家

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2003年05月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時70歳)

反骨の笑いを貫く『笑点』の顔

日曜夕方のテレビから、毎度おなじみのとぼけたテーマ曲が流れる。人気の長寿番組『笑点』だ。夕飯前のひとときを軽妙な笑いとともに過ごすのが、庶民のささやかな楽しみでもある。
この伝統ある番組の4代目司会者に円楽師匠が就任して、はや20年。
長身の“星の王子様”もファンの視聴者も数々の時代の変遷を歩んできた。
病身に鞭打ちながら、落語の伝統を守りつつ改革の先陣も切って走り続ける円楽さんとかけて、皆さんならなんととく?

◎結核と落語の不思議な関係

—月並みですが、落語家になったきっかけは?「あたしは東京は浅草のお寺の息子でしてね。まさか自分が落語家になるとは夢にも思っていませんでしたよ。当時は戦後のどさくさ、食糧難で、17の若さで喀血しましてね。医者にのんびり養生せいといわれたものの、くさくさするもんで寄席に行ったら、まぁ面白いのなんのって。そうだ、咄家なら元手いらずで身体も楽だってんで、落語家になったわけですよ」。
—そこで円生師匠の弟子になって、とんとん拍子で真打に?「ところがこの世界は甘くない。
“人生の語り部”と心酔して師と仰いだものの、『50年は食えないからお止めなさい』とのっけから断られましてね。
しかも両親の許しがないとダメだってェことで、親父に話すと『出てけ!』の一言。明治かたぎで頑固でしたねえ。
で、入門後に落語界の連中全員でレントゲンを撮ったんですが、なんとあたしの結核の病巣がきれいに固まって治ってたんですよ」。
「弟子の仕事ったって師匠の羽織をたたんで扇子と手ぬぐいと一緒に運ぶだけですし、兄弟子さんらに可愛がられて楽屋がとにかく面白くってね、馬鹿っ話をやってはワーワー笑い転げてた。
それが幸いしたんでしょうね。天が寿命を延ばしてくれたと、しっかり芸に励みましたよ」。

◎プロレスも凌ぐ『笑点』強さの秘密

—『笑点』が始まって36年。視聴率は高いし、長寿どころかお化け番組ですね。
「あの前身は『金曜夜席』といって、プロレス中継の空いてる時間帯にどうかと依頼されましてね。やってみたら、プロレスより人気が出ちゃいまして。でレギュラーにってんでもらった時間が日曜の夕方(当時は40分番組)。ところがNHK以外はどの民放もその時間は放送がなかったもんで、みんな『捨てられた!』と思いましたよ。だけどあたしが『未開の土地を開拓しようじゃないか。それで業績が上がったらオレたちの本当の実力だよ』って励まして、やることになったんです」。
—タイトルも一新して…。「あれはね、当時、三浦綾子さん原作のドラマ『氷点』が話題になってたもんで、それにあやかりましてね。“笑いの焦点”てェ意味も兼ねてるんですよ」。
—円楽師匠は第1回目から出演しておられますよね?「歌丸とこん平も一緒ですよ。
この番組で運がどこまでもついてるなとあたしが思ったのは、始まった当初は若い人が新しい番組だ、センスがいいと見てくれて、番組が長く続くうちにその若いファンも皆、年をとってしまった(笑)。で、今はリタイアした方々3000万人中60%〜70%が見てくれてるので、それだけでも平均視聴率15%以上なんです」。
—ほかにも要因が?「日曜のあの時間だからいいんです。
もしゴールデンタイムの放送だったら、とっくの昔になくなってましたよ。
それに今の番組は製作者も出演者も全員若いので、お年寄りには内容がピンとこない。
その点『笑点』はやる方も見る方も年取ってるから、波長が合うんでしょうね」。

◎落語は不況の癒しの源泉

—3年前から体調を崩して人工透析をなさってるとか…?「ええ、週に3日透析に通ってます。1回に5時間かかりますが、あたしはもともと血圧が低くて、透析の途中で何回か上が80を切って周囲が大慌てしたこともありますね。あとは入れ歯。いくつ作っても合わなくて苦労してますよ」。
—咄家の“歯のない話”ですね(笑)。でも落語家は長生きの方が多く呆けませんよね?「はい、呆けた人は見たことありませんね。正蔵師匠も87歳で亡くなる3ヵ月前まで高座に上がってましたし」。
—現在の弟子希望者は?「それが、べらぼうに多いんですよ。東京で600人くらいいるんじゃないかな。江戸時代から200年の歴史の中で、こんなに数が増えたのは初めてです。
先が見えない不安な時代だもんで、リストラされて入門する人も多いですね。
まぁこんな楽なところはありませんが、最大の欠点は収入がないところですな(笑)」。
—ずばり落語の将来については?「暗いですねェ。
落語の黄金期は戦後すぐから昭和25年で、不況になると人気が出るので、今は仕事が多いですが(笑)。先はわかりませんね。
だけど落語がなくなっても、またその時代に合った別の新しいものが出てくるといつもいってるんです。今を精一杯やればいいってね。
でもせめてあたしたちが生きてる間はメジャーな存在であってほしいですね、昔からの大衆娯楽ですから」。