中村 桂子さん JT生命誌研究館館長

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2003年03月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時66歳)

生命が基本の社会づくりを

大阪府高槻市にある『JT生命誌研究館』で、2002年4月から館長を務める中村桂子さん。
生き物の科学を誰もが楽しめるものにし、生命を大切にする社会づくりに繋げるという同館の挑戦の中、いのちあるものが軽んじられがちな今の状況を憂いつつも科学者として取り組むべき“使命”に意欲を燃やしている。
これからの社会はどう進んでいけばいいのか、中村さんの口から発せられる言葉はこれからの日本人が向かうべき方向を指し示しているようだ。

◎38億年の歴史が生命を紡ぐ

オサムシ研究の集大成や脳や骨といったさまざまな展示物が並ぶ同館は、まさに多様な生き物の歴史物語に触れられる場所。
そんな中、中村さんは1993年の開館以来、一環して生き物の面白さ、その歴史と生物間の関係を探りつづけてきた。
「地球上に生命が誕生したのは38億年前とされています。だから虫も植物もここにある命はすべて38億年の歴史を経て今の姿になったということ。
昔から命が続いてなければそのどれも存在していないんですよ」。
あらゆるものが歴史の中で生き続けてきたという概念は、中村さんに『生命誌』という言葉を生み出させた。
「どうして人を殺しちゃいけないのかと子どもに聞かれて大人が返答に困ったという話がありましたが、命を大事にしましょうとお説教しても仕方がない。
私だったら、こんな長い時間を身体の中に持っているというのはすごいことだと思わない?って伝えますね」。
しかし人間なら誰もが、食べ物として他の命を奪わずには生きていけないのも事実。「この矛盾を考えていくことが、すなわち命を大事にするということ。
それが家庭や教育、政治の中で考えられていないのが残念なんです」。
中村さんは、生命科学研究がかかわり合えることとして、4つの分野に取り組むことにした。食べ物、健康、環境、心を含めた教育である。

◎生物的な見地から見えるもの

「食について私が一番納得できないのは、日本が自国で食べ物を作っていないことです。
土も緑も水も太陽も豊かなのに、農業をおろそかにして他国から輸入するというのはちょっと違うと思います」と静かな口調で批判する。
さらに話は遺伝子組み換え作物にもおよんだが、中村さんはこれを頭ごなしに否定はしない。
「ただし生物のことを100%知ることは不可能ですから、何らかの問題が起こる可能性はあります。
だから常に注意深くチェックすることが必要で、そのシステムが社会にあり、自然をより良く活かす気持ちがあるならば、遺伝子組み換えは使えます。
単なる効率やお金儲けが目的になってしまうことが問題なわけです。
教育についても、しばらく芽が出ない子でも待ってあげると後でとてもきれいな花を咲かせるかもしれない。こういう生き物的なものの見方が大事なんですね。
でも皆で早く早くと追い立ててしまっています」。
効率や機械を排除せよというのではない。
しかし行為自体が悪くなくても、効率やお金の中で使われるがためにマイナスになっていることは多くあるのだという。

◎身体が喜ぶ生活と共有の精神

さて近年、人間のDNA研究は大変な躍進を遂げ、中村さんの著書にもDNAを題材にしたものがいくつかある。
「人間はおよそ3、4万個ほどの遺伝子を持っていることがわかっていますが、実は誰もが10個くらいの欠陥遺伝子を持っているんです。
ただその10個がどういう遺伝子に欠陥をもたらすかはわからないんですね。
例えば、私も娘も小さい頃からひどい近眼で、これも遺伝性だと思うんですが今の社会では大して不便はないでしょう。
でもメガネのない時代だったら、私のような視力0.01は障害ですよ。つまり障害というのは、欠けた部分がその時の社会で暮らしにくい部分にたまたま当たっちゃうことなんです」。
みんなが欠陥を持っているから人間がいる限りどこかに障害は現れるもの。
だからバリアフリーの社会というのは当然なのだ、という話はまったく明快そのものである。
「それに技術はもちろん大事ですけれど、身体はとても複雑です。がんの遺伝子もずいぶん研究が進んでいますが、特効薬は見つかっていません。
そこでお医者様が今一番取り組んでるのは免疫力を高めることなんですよ。
だから私たちが一番にすべきことは精神を含めて身体が嬉しくなるような生活をするということ。
そう考えると、ストレスを感じる競争社会より、皆でシェアする社会の方がいいんです。
米国の一流の学者たちが、日本は米国の真似をして過度の競争で所得格差の大きい社会へと走るのではなく、自国にある良い知恵を活かしてくださいっていってるのを知って嬉しくなりました」。
それは少し不便だけど一呼吸置きましょう、という言葉でいい表せるという。
「何かしら追われるように突っ走っていきがちな現代ですが、そんなことをすると先には何も見えないでしょう。
目の前にあるものを大事にすると、何をすべきかがはっきり見えてくるんです」。
科学者としての確かな眼差しが、大切なものは何かを改めて私たちに問うている。
JT生命誌研究館/TEL.0726-81-9750(代表)