清水 國明さん タレント「自然暮らしの会」代表

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2002年05月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時51歳)

人生は“楽”せず“楽しむ”もの

かつて“あのねのね”として『赤とんぼの唄』のヒットを飛ばした清水さんは、気さくなタレントとしての印象が強いが、その素顔は辛口のコメンテーターをはじめ、国際A級ライダーやアウトドアライフ指導など幅広い活動をこなす真の知性派である。独自の視点から文明批評をし、自然にかかわり続ける清水さんの含蓄あふれる哲学的思考を、あえて1人称で記してみた。
私たちがなにげなく送っている生活をふと振り返らせてくれるヒントがここにはある。

◎生まれついてのアウトドア派

子ども時代に感受した自然への影響もあって、僕は現在の都会生活の不足部分を補完する意味でも自然の中で暮らすことが多いんです。ですから、アウトドア歴もやはり51年です。
子どもが生まれてからは、家族そろって極寒のアラスカにも暑いミクロネシアにも行き、無人島ではテント暮らしをしています。
僕のはそうした、ある意味過酷なアウトドアライフなので、これまで危険な目に遭遇することも何度かありました。
しかし、昨今流行しているキャンプなどをテレビで見ると、親自体に自然体験がなく生半可な知識で行っているので事故に繋がる可能性が大きいように思います。
現に増水した川原での事故なども起きてますね。
つまり今は危険の見極めがあいまいになっているので、そうした感覚を身につけるには親が自分自身をまず鍛えなければならないと思います。そうでなければ当然子どもも鍛えられないのではないでしょうか。

◎オートバイで極限の魅力を知る

30代始めに趣味でオートバイに乗り始めて、適当なところで止めておけばいいのを、やればやるほど自分に厳しくなり、でも厳しくなればやり遂げた後の感動も大きくて、40歳で国際A級ライセンスを取得して『鈴鹿8時間耐久レース』に挑戦しました。
オートバイは技術が上がれば上がるだけ、転倒事故も危険度が増します。
カーブの直前で280キロくらいのスピードが出ていますから。でもそうしたチャレンジをすることで、僕はよく「新しい自分が出てくる」というんですが、死と隣り合わせの極限の状況下では、自分でも思いもよらなかった生身の姿が垣間見えることがあって、それがとても面白いんですね。
途中でやめればけがもしないかわりに感動もそこで終わってしまいますが、プロの域にまで到達すると困難や危険は増大するものの、素人ではとても味わえない本物の魅力がそこにはある。
そうした世界をのぞいてしまったもので、どんなことでも徹底してやらなければ納得できなくなってしまったわけです。

◎車いすからの目線とバスフィッシング

ですから僕はレースをやっていた10年間、毎年けがで車いす生活をする時期が結構長かったんですよ。
13カ所も骨折し、大手術に至ることもありましたが、この車いす生活によって、僕は一般人とけがや病気の人、被災した人といった弱者の目線の違いに気づけたと思っています。
弱者に対して平気で高いところから見下してしまう、日本人特有の思いやりのない傲慢な態度を肌で敏感に感じ取るようになりました。
これは魚のバス釣りでもいえることで、僕はバスプロのランキング35位で、『釣り環境保全連盟』というNPOの理事もやっているのですが、オートバイと同様きちんとしたスポーツとしてバス釣りをする人はマナーにも実に厳しいわけです。
でもそうした世界を知らない人々は誤った情報を鵜呑みにして、「バスは生態系を壊す」などといった根拠のない傲慢なバッシングをするんです。
ブラックバスよりもそういう人こそが自然にダメージを与えるといいたいですね。

◎介護に頼らない生き方を目指す

こうした中で『自然暮らしの会』を結成し、インターネットでも『自然樂校』を運営してます。メニューはキャンプ、釣り、ログハウス作りなどさまざまです。
この会は、最終的には自然の中で死んでいこうという“自然死”を目指してるんですよ(笑)。
つまり漢字で書くと“苦楽死(くらし)”。だから、いいかえれば介護をされないにはどうしたらよいかを目指す会なんです(笑)。
こうした僕の考えに共鳴する人と反対する人がいますが、でも皆と同じ流れの中にいたら結局介護前提で老いていくしかなくて、だからこそ逆にその流れからいかに逆らって外れるかを意識しているんです。
そのためには最後まで自分の力をキープしたまま他人に頼らない生き方を今からしていかなければ、老後の自立もあり得ません。
キーワードとしては“楽をしないこと”。楽は諸悪の根源ですよ。
手軽に作られた“楽”ではなく生活を自ら“楽しむ”ことを選択する大切さを、僕はさまざまな活動を通して警鐘し続けていきたいなと思っています。