宍戸 錠さん 俳優

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1999年06月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時66歳)

「運気は9年の節目で盛衰、72歳まで頑張る!」

日活アクションスターで一時代を築き、その後バラエティ番組でコメディアンとして多彩な表情をお茶の間に印象づけた宍戸錠さん。
最近では、日本テレビ系『おもいッきりテレビ』のコメンテーターでもお馴染みだ。
自分のイメージにこだわらない柔軟さは、後続の若手はもちろん、老いを受け入れる高齢者の心のあり方の参考にもなる。

◎日活アクションスターからお茶の間の人気者へ転身はかる

21歳のとき、日活の第一期ニューフェイスに合格し、アクションスターとして“エースのジョー”の愛称でトップスターの座を築いた。
出演した映画300本のうち主演作は54本。日活時代は、17年間で170本に出演している。
石原裕次郎、小林旭らと並び称され、2枚目もワル役もこなせる数少ない俳優だった。
その宍戸錠さんも今年で67歳。
いまだ、若かりし頃のイメージを残しながら、ラフでざっくばらんな語り口がお茶の間の主婦にも親近感をもって迎えられている。
宍戸錠さんの持ち味は、物事にこだわらない大陸的なスタンスにある。
映画業界が下火になると、映画に固執することなく、活躍の場をテレビに移行した。
ドラマの主役を演じたほか、新境地も開拓し、『ゲバゲバ90分』などのバラエティ番組でコメディアンの才能を発揮。
レギュラー番組7本を持つ売れっ子スターになった。お茶の間での人気の下地はここで作られた。
かつて、日活時代をともにした俳優仲間には、バラエティは色モノと敬遠する人もいるという。
一時代を築いた名前の重みを、本人や周りが捨てられないためだ。
だが、宍戸さんは「俳優なんだから、なんでもできなきゃ自分が気にするほど、視聴者はそんなにイメージを気にしていない。
俺なんか、かえって“おいしい話”と利用する」という。長身で、がっしりとした体格。
スポーツ好きで、スポーツジムに通ったり、水泳も1000メートルぐらい泳ぐのは苦ではなかったが、年齢の割にやりすぎていたことがわかり、60歳で全部やめた。ジョーもそろそろ落ちつく時期にきたらしい。
宍戸さんに、いまだにアクションスター時代の若さを求めてしまうのは、彼の気取らない語り口のせいかもしれない。
恵まれた体力のおかげで、結構無理もした。
40歳のときには2晩徹夜での麻雀がたたって急性肝炎になり、黄疸も出た。以来、高脂肪の食事は控えているという。
最近では、準レギュラーで出演している健康番組のために、25年ぶりに健康診断と血液検査をしたところ、尿、血液、血圧とも、すべてが異常値だったことがわかった。現在、経過観察中だ。
「去年は13日間飲まない日があった。
タバコは50歳を期に、きっぱりやめた」と、自分なりに節制している様子。
すぐ上の兄が65歳で肝臓ガン、弟が52歳で肺ガンで亡くなり、長男と長女、4男の宍戸さんが健在。
母が84歳で急逝、父は入院した翌日に亡くなった。
介護については、あまり身近でないため、自分が介護してもらう側になることも考えていないという。
強いていえば、「介護される側になったときは自分の精神力だけが頼りだろうね」と語る。
むしろ、老いとともにいつの間にか忍び寄る死をふと想像する。
「人なんて急に死ぬのかもしれない。なんでもないといっていながら1年後ぐらいにパタッと死ぬのもいい」。

◎45歳で初めて人生がわかる演技の組立も40を過ぎてから

日活時代、バラエティ番組時代と順風満帆に見えるが、人気を支えたのは宍戸流の努力があってこそだ。
「人気度を右肩下がりから水平にする努力は人間関係。スタッフ、日本人全員が商売相手。年中喧嘩したり、お世辞いったり、なだめたり、人間くさい関係を自然に持っていた。今の若い人にはできない。つき合い方が下手なんだろうな」。
バラエティ番組での生き残り策も、「出しゃばらないこと」が周囲と調和しつつ支持されるコツ、と密かに計算する。芸能界の浮き沈みを経験し、9年節目説を支持するようになった。
日活で全盛を誇っていたのが36歳。
体力的に限界を感じ始めた45歳には、芸能人相撲大会で優勝している。
「45歳で初めて人生がわかる」が持論。
中でも、健康持論は「身体は酷使しても立ち直る」。
「日本人はすぐに諦めすぎる。アメリカは、40代でもヘビー級チャンピオンがいる」。演技もしかり。
「40過ぎてからじゃないと、演技の組立なんてできない。16〜19歳で複雑な人間関係を演ずることなんてできない。45歳ぐらいがピークだね」。
次の節目だった63歳を過ぎ、今年で67歳になる。
本年中にも、トレードマークのほおについて、豊頬手術などの話を本にまとめる予定だ。
「次は72歳か。頑張らなくちゃ。死んでもいいんだ。野村克也は生涯一捕手といっていたけど、俳優というのは楽だよね。高齢者になっても、身体障害者になっても役があるからね。俳優はやめられないよ。今の若者に俺の生き方を手本にしてほしいね」と“エースのジョー”の健在ぶりに胸を張った。