斎藤 茂太さん 精神科医・作家

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1998年08月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時82歳)

適正飲酒と船旅で心身の健康維持を実践

歌人であり精神科の開業医であった父・茂吉の後を継いだ斎藤茂太さんは、東京郊外に引っ越して10年になる。
長男の提案で、次男、娘ら3世代5世帯と同居を始めた。
自宅隣には、アットホームな雰囲気の病院があり、週に2回診療にあたっている。
7つの団体の役員を務め、著作も精神医学から、趣味の飛行機や旅を題材にしたものまで幅広い。

◎ほろ酔い加減で上手に楽しむ適正酒“2の法則”のすすめ

“モタさん”の愛称で親しまれる斎藤茂太さんは、
日本ペンクラブ理事をはじめ、7つの団体の役員を務めている。
中でも、アルコール健康医学協会は、アルコール中毒の予防のための団体として厚生省関連、メーカーの協力を得て作った。
よく断酒会と間違われるが、適正飲酒の勧めを推進している。
適正飲酒とは、実験に基づいて医学的に導き出した“2の法則”を守ることだという。
たとえば日本酒1合を飲むと、アルコールが分解されるまでに3時間かかる。
この限度を超えると悪酔いや二日酔いになる。
ほろ酔い加減なら身体に負担がない。
日本酒は2合、ビール2本まで、ウイスキーのダブルの水割り2杯までが適正酒量にあたる。
週休2日制で、“休肝日”を持つこと。
ただし、日本酒1合、ビール1本というように酒量を半分に減らせば、休肝日はいらない。
アルコール度数20度以上のお酒は薄めて飲む、食事しながら飲むこと。
いわゆる“ちゃんぽん”は、適量がわからなくなるのが問題だ。
最近人気のワインは、血中に長く残るので、がぶ飲みすると悪酔いする。
ワイングラス2〜3杯がよい。
アルコール中毒の多い国はワインの国が多いそうだ。
また、飲み方も大事。
「元気な100歳以上の6割は酒を飲んでいる。ただし少量です。
飲み方は楽しんで飲むことが大事。43〜44歳の女性はキッチンドリンカーになりやすい。
女性は、特に大勢集まって愉快に飲もう」と提唱している。
ご本人は昔は大酒も飲んだクチ。
今は、宴会を除いて、毎日1合5勺を楽しむ。

◎好奇心で晩年を幸福に過ごす高齢者に優しい船旅のすすめ

モタ先生は、乗り物マニアとしても知られる。
汽車、飛行機…。7〜8年前からは船が気に入っている。
1昨年と去年は世界一周の船上で誕生日を祝ってもらった。船旅の良さは、移動がなく、身体に負担が少ないこと。
大型客船はほとんど揺れないし、冷暖房、診療室、食べ物、娯楽、スポーツなど、必要なものがなんでも揃っている。
特に、3年前から始まった96日間世界旅行の船旅は高齢者にお勧めだという。
世界の港29カ所に寄港する。「動く高級ホテルみたいなもの。身体の弱い人や障害のある人でも大丈夫。車いすの人もかなり乗っている。持病はあらかじめ申告しておく。病気しても寝てればいいんだから」。
船内では連日、講演や趣味の教室が開かれ、夜には映画やショー、パーティも開かれる。
モタ先生は講師として同行して今年で3回目になる。価格は300万円〜。
乗客はほとんどが定年を迎えた夫婦で、平均年齢は72歳。
俳句、和歌、お茶などの同好会も自然とできて、飽きることがない。
「旅は適度なストレスがある。その緊張感がかえって刺激になるんです。人間も温室育ちで冷暖房完備の人は早死にしますよ。ある程度の苦労を持っているほうがいい。好奇心を持っている人は充実した晩年を送れると思います。旅行に出るのも好奇心からだから」。

◎少肉多菜で大豆、牛乳、小魚を最期の時はいつきてもいい

国連の発表によると、アメリカでは800万人くらいの鬱病患者がいると推定される。
競争社会でストレスが多いせいだ。
日本でも、国土面積が狭いにもかかわらず、鬱病患者の数は約350万人に上る。
最近、モタ先生の治療室には、軽い症状のうちに患者が自分から訪れる例が多い。
配置転換、出世、嫁が来た、娘が結婚したといった生活の変化がきっかけで、精神的に閉じこもってしまう。
カウンセリングをしたり、グループで遠足やカラオケ、料理作りなどをして、人と触れ合いを持つことで軽快する例も少なくないという。現代の日本人は孤独なのだ。
健康には食事も重要だ。医者の立場から一番勧めるのは豆腐。
大豆製品のほか、牛乳、小魚も勧める。
当のモタ先生自身の健康は夫人が管理している。
「少肉多菜。僕は肉人間だけど、あまり食べさせてくれない。
恥をいうと、朝まずいスープを飲まされる」。
大根、人参、ゴボウなどの根菜を皮をむかずに野菜スープにする。
干し椎茸を入れ、調味料は塩も入れない。
「風邪もひきませんのよ」と夫人が説明する。
「僕もここ2〜3年は和式トイレに座れないし、お座敷にも座れなくなった」。
だが、精神科医は目が見えなくても大丈夫と、「足腰が立つうちは患者さんと接するつもり」だという。
最期の時は、いつ来てもいいと思っている。
「1日でも長生きしようと思っている人は、心にゆとりがない」。
母・輝子は飛行機から骨をまいてくれといった。
15年前はダメだったが、今ならそれも可能だ。ときどき夫人とは、葬式をどうするか、おもしろおかしく話しているという。