赤塚 不二夫さん 漫画家

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1998年06月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時62歳)

年を取ってもおもしろおかしく生きるのだ!

ニャロメや天才バカボンでお馴染みのギャグ漫画家・赤塚不二夫さんも62歳。だが、万年少年であり続け、自らを老けさせることがない。
“ギャグにとり憑かれた男”との異名を取るほど、人生のすべてを賭けて“おもしろおかしく生きる”ことに心血を注ぐ。
あくまで真剣に笑いを探求する姿勢に、“老い”が入り込む余地はない。

◎赤塚漫画のキャラクターを思わせるあまりの元気ぶりにファンも納得

最近、食道ガンで余命数カ月と宣告されていたことがわかり、世間を驚かせた
面白いことに、マスメディアに踊った見出しは、ニャロメやバカボンなど、どれも赤塚漫画のキャラクターに告白させたような文体で、悲哀感というものがまったくなかった。
誰しも、赤塚不二夫という人には、小気味よく現実離れしていてほしいという期待感があるのだろう。
漫画のキャラクターたちが不死身であるように、赤塚不二夫さんもまた、どんなに瀕死の重傷になろうとも目から星が出る程度で、次のコマには平然とした顔でまたギャグを飛ばしているんじゃないか…。
日本国民のそんな思いが、あの見出しになったように思える。
化学療法を一切行わず、知人らのガン克服例を見てきたことから民間療法の道を選んだ。
昨年よりも体重が増え、余命とされた期限を過ぎたが、かえって血色もよくなったというからやっぱり並ではない。
漫画を地で行くような話にファンも安心し、納得する。
ご本人は病気の変化を気に留める様子もなく、胸元のあたりをなでながら、「消えちゃったんじゃないのかな」と頓着していない。
「お酒がお友達だから」というほどの酒好きで、病気が発覚してからは酒量を抑えているものの断酒はしていないそうだ。

◎90歳過ぎても童女の宇野千代が手本死ぬまで少年、そして笑って生きる

子どもの頃、手塚治虫に影響を受け、漫画家を夢見るようになった。
念願かない、昭和30年代には、藤子不二雄や石ノ森章太郎が住んでいた有名な漫画家アパート、トキワ荘の住人になった。
先輩と才能に恵まれ、そして酒が第2の教師になった。
酒の席は、赤塚作品の実験場であり、友人のタモリや山下洋輔と握り寿司で将棋をさしたこともある。
70年代の新宿2丁目のオカマたちとの会話から学んだことも多かった。
“面白い作品のためならほかのすべてを捨ててもかまわない”という赤塚さんの生き様がよく表れたエピソードには事欠かない。
62歳で、現役のギャグ漫画家として第一線で活躍し続けている秘訣がここにある。
「年相応になってしまう人がいるけど、年を取っても少年少女じゃなくちゃだめ。
宇野千代なんて、90歳になっても童女だった。かわいい。
ああいう人を見習って生きていけば、ステキだと思う。
少年の気持ちを忘れない。
健康、病気と関係なく生き生きと。
若い人たちと一緒に生きていける秘訣だよ。
若い奴は…なんていわずに、若いのと一緒になっていけばいい。
老人ホームでじいさんとばあさんが恋愛しているようじゃだめ。外に出て、若いのと恋愛しなくちゃ」。
死ぬまで少年として生きる。
そして、面白いことを発想する。
「医者もいうけど、人間、笑うっていうことがすごく大事なんだ。理屈っぽく考えること自体が年取っていること。おもしろおかしく生きるのが一番。人間の顔の筋肉は、笑いやすいようにできているんだ。笑うのに顔の筋肉はあまり必要としないけど、泣くのにはたくさんの筋肉を必要とするんだから…」と、常に笑いに思いを巡らす。
「笑いの種類は何通りもある。
面白いことならなんでもやりたい。
チャップリンだって、死ぬまで喜劇をやって死んでいったじゃん」。

◎硬直する日本文化に一石を投じた全国美術館での赤塚漫画の個展開催

笑いについて語り始めると、赤塚さんは饒舌になった。
今、日本の笑いは死にかけているという。
それは笑いだけでなく、小説、写真、映画など、日本の文化全体に蔓延していると分析し、その将来を憂える。
30〜40年前に頭角を現した野坂昭如、篠山紀信、筒井康隆、金馬のような、本物の才能のある送り手が生まれる土壌がないと指摘する。
赤塚さん自身は、積極的に後輩を育ててきた。門下には、古谷三敏、北見けんいち、とりいかずよしがいる。
いずれも第一線で活躍する漫画家ばかりだ。
赤塚さんは、“面白ければメディアは問わない”いう考え方の下、なんにでも挑戦し続けてきた。
アニメや映画、ショーの演出、ジャズ祭りのプロデュース、本番写真集のモデルを務めたことも。
その40年の集大成を、昨年から全国で美術展として公開した。
池田二十世紀美術館や上野の森美術館など、全国の名だたる美術館で開催し、好評を博した。
日頃、美術館を敬遠しがちな若者や子ども連れが来館し、おそ松くんやひみつのアッコちゃんに触れた。
かつて大人たちから低俗とされた漫画の展覧会が美術館で開催される快挙に、赤塚さん自身も満足げだ。
近々、スポーツ紙で漫画の連載を始める予定だ。
新聞の漫画といえば、10年1日のごとく凡庸さが売りであるかのように、毒のないものが主流だった。
赤塚漫画は、その歴史にどんな新風を吹き込むのか、目が離せない。