君原 健二さん マラソンランナー

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1995年12月-月刊:介護ジャーナル掲載より(当時54歳)

「マラソンから人生を学んだ 楽しいジョギングを追求し、広めたい」

首を傾けて走る独特のフォームが印象的な、マラソンの君原健二さん。
1968年のメキシコオリンピックで銀メダルに輝き、東京とミュンヘンでも8位、5位、の好成績を残した。
12年の長きにわたってオリンピック出場を果たした日本を代表するマラソンランナーである。
現役を退いて10年余り。
今は楽しみながら走り、走る楽しさを追求し、多くの人に伝えたいと、教授を務める九州女子短期大学での実技指導に意欲を燃やしている。

◎練習は苦しくて当たり前マラソンは人生学習の場

君原健二の名が世に出たのは、初マラソンで3位に輝いた朝日国際マラソン大会である。
東京オリンピックの2年前だった。
その翌年、オリンピック選考大会で1位、他の大きな大会でも1位、2位という活躍ぶりで、いやがうえにも周囲の期待は高まった。
しかし君原さんは、「私はメダルをとれる人間じゃない」と自分を見つめていたという。
にもかかわらず、その日が近づくにつれて、「期待に応えなければという思いと、オリンピックは祭りなんだから気楽にやろうという気持ちで心が揺れ動いた」そうだ。
まるで国を背負って走るかのような重圧感。そして、それに耐えなければ栄冠はつかめない。
その辛さに比べればということだろうか、君原さんは、「練習で苦しいのは当たり前。
苦しくない練習なんて効果がない。苦しいほど達成感がある」と話す。
20年間でフルマラソン35回出場、うち優勝13回。見事な現役生活である。
「少しでも速く」というマラソン人生を振り返って、「目標をもって努力すること、勝つための勉強…と、競技者としていろんなことに取り組んだことは、よりよい人生を生きる体験学習の場であった、そんな気がします」と表現する。

◎楽しいジョギングめざす家族でホノルルマラソンに参加

54歳の今も、週2回、10〜15キロメートルのジョギングを欠かさない。
「ジョギングは、いつでもどこでも、一人でもできるいいスポーツです。全身運動だから、健康づくり、体力づくりに最適です」ジョギングよりウォーキングという声も上がる昨今だが、「健康で元気で、より積極的な人生を送ろうというなら、ウォ−キングよりジョギングの方が、レベルは高いですよ」自分の体力を把握し、病気が隠れていないか身体のチェックをした上でなら、高齢者にも充分に取り組めると力説する。
これからの君原さんのテーマは「楽しいジョギング」競技者をめざさない人のジョギングは、無理をせず、苦しければ休みながら、楽しんでやれるものにしたいという考え方だ。
教鞭をとる九州女子短期大学での実技指導でも、チームワークを重視した走り方、リーダーシップをとる走り方、視覚障害者と共に走る…など、テーマを設けて指導している。
「単純なスポーツだから、楽しさを見いだすのは容易じゃない」が、試行錯誤しながら取り組んで行きたいと語る。
来年行われる第100回のボストンマラソンに家族(夫人と、27歳と24歳の息子)で参加し、健脚ぶりを披露する。