新藤 兼人さん 映画監督・シナリオライター

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1995年10月-月刊:介護ジャーナル掲載より

老人は置物じゃない。生きる喜び、悲しみを続ける幸せ。

杉村春子扮する老女優を主人公に、4人の老人の生き方を描いた映画「午後の遺言状」が地味なテーマながらロングランになり、話題を呼んでいる。
「愛妻物語」「原爆の子」「裸の島」などの名作を発表してきた新藤兼人監督の最新作だ。
“同志であり妻である”女優の乙羽信子さんが、肝臓がんと闘いながら出演し、遺作となったことでも知られている。
「老人の生も連続なり。生きている限り、思考を、活動を止めたくはない」と新藤さんは語る(1995年時点)。

◎人間としての営みを続け終えることの幸せ

肉体と容貌の衰え、病、死—「老い」は、私達に明るい未来を連想させない。
しかし新藤さんは、「僕は明るいよ。だから『午後の遺言状』も暗くない。楽天的な老人映画ですよ」という。
「それは僕自身が、老人の可能性を求めているから。
日々の衰えはあっても、今までの連続として生きようという考え方なんです。
生きる喜びや悲しみといった人間の営みを続けながら生を終えるのが幸せだと思うから」老人を置物のように大事にするのが親孝行というのは、日本の悪い美徳だと叱る。
「乙羽さんの命の限りを宣告されたときも、病人として静かに過ごすなんてことには意味がないと思った。
俳優なんだから、最後を飾る仕事をやりながら終わる方がいいと思ったんです」乙羽さんは抗がん剤の注射と高熱に耐えながら撮影をこなした。
「仕事をしない役者は存在しないも同じ」というのが新藤さんの持論であり、この映画のテーマでもある。

◎名もない庶民も国の功労者手をさしのべる政治を

映画に登場する痴呆症の妻とその夫は、5年間の介護に疲れたのか入水心中を図る。
中に、「公立の老人ホームへは夫婦で入ることはできず、有料老人ホームは高くてとても…」という夫の台詞がある。
「これはね、日本の福祉に対する抗議も含めているんですよ。
彼らは名もない庶民だけれど、日本に生きてきた、日本の功労者でしょ。
そんな人達に手をさしのべ、援助する政治が欲しいと言うことです」福祉の現状に対し、プラカードを持って不満を露にすることはなくても、それはいつかフィルムの中ににじみ出ると確信している。

◎作品が僕の足跡仕事への意欲をなくせば終わり

妻であり同志である乙羽さんを亡くして1年余り。「一緒に仕事をして43年。結婚して17年。
語るべきことは語り尽くしましたから、どうにもならないような孤独感に襲われることはないですね」新藤さんの語り口調は力強く、若々しく、年齢を感じさせない。
これまでも、60だから、70だからと、年齢を意識して生きてはこなかったそうだ。
「僕は作品の中で生きているし、作品が僕の足跡です」と、羨ましいほどキッパリ。
従って、仕事に対する欲望、生きることへの欲望がなくなったら、死んだほうがいいと思っている。
また、植物状態になったら早く死にたいという。
「だって、何を喰おうか、何を書こうかと考えることが面白いし、生きがいだし、幸せなんだから」しかし新藤さんは実際に、友人の奥さんが痴呆になり、病室に見舞った時、夫を見る痴呆症の妻の目が、キラリと輝くのを見て「そこには意志が通じ、生きがいがある」と感じた。
そして「こういうことをきちんと伝えないと、老人介護や痴呆の本質には迫れないでしょう」と鋭く指摘する。