曽野綾子さん 作家

このエントリーをはてなブックマークに追加
1996年06月-月刊:介護ジャーナル掲載より

謙虚に、厳重、すばやく、人間的にお金を使います人生3分割思想で、老後も運を楽しむ気持ちで

「神の汚れた手」「誰のために愛するか」などの作品で知られ、クリスチャンでもある作家の曽野綾子さんが、笹川良一氏亡きあとの日本船舶振興会(日本財団に改名)会長に就任して四カ月になる(当時64歳、日本財団会長)。
「(会長職に)ちっとも慣れなくて」と言いながらの記者会見では、年間660億円にのぼる財源の使い方、運輸省とのこと、自身の老後観について明快な語り口調を聞かせた。これまで作家として心理面でのディスクロージャー(情報公開)をしてきたと話す曽野さん。「財団のディスクロージャーもまかせて」と意気軒高だ。

◎財団の年間予算は世界一心して使いたい

日本財団とは、ご承知のとおりモーターボートの売上金の3.3%をお預かりして、日本人と世界の役に立つことのために使うところです。私はこれを、国益のために使おうと思っています。この言葉は、かつてとても嫌われたり、危機感をもって使われましたが、私はそうは思いません。世界中の人がまず、国益を追求します。ただ、それが狭い、利己的なものであってはならない。広い意味での日本人の才能を活かし、世界と社会のためにお返しする、そういう意味での国益です。
私共の財団が1年間に使う予算は、ロックフェラーやフォードを抜いて世界一です。それだけのお金は、決して私共が私物化するのでなく、日本人の平和的な戦略のために使うべきだと考えています。それを皆様方にかわって代行するということです。財団の若い人たちには「私たちはみんな、いわし一匹いくらというつましい暮らしをしているのだから、極めて謙虚な気持ちで厳重にお金を扱わねばならない」とよく言っています。これは前会長もしじゅうおっしゃっていたようですが、よき伝統は受け継がせていただきたいと思います。
その使い方は、すばやく、人間的に、重点的にということです。大震災のときも早さが求められたように、1年も2年もじっと考えて、みんなに平等にというやり方ではお金も心も生きてきません。これは公平、平等を基本とする役所のやり方とは違いますが、役所とは別の生き方をすることで、役所のなさることも生きてくると思っています。

◎広報費を大幅カット、社会福祉、ボランティアには柔軟に対応

管轄官庁である運輸省と私共は、対立するのではなく、車の両輪と考えてやってまいりました。現在、私共は業務企画委員会、評議員会を年に8回、また執行理事会を毎週火曜日という具合に、とても人間的にしつこく、遠慮せずに話すようにしています。こういうことをやりました上で、運輸省とも連絡をとらせていただきたい。考えの対立がないわけではありませんが、違う考えを持ちつつそれをぶつけあって、落ち着くべきところに落ち着くのが理想だと思います。
将来的には公金の配分内容の見直しは、検討する必要があると思います。ただ、海洋はとても大切でして、先だってもネパールへ行きましたときにも感じたのですが、ネパールの発展がうまくいかないのは、すべてを陸路に頼らねばならないからではないかと…。
予算編成にあたって私が大ナタをふるったのは、広報費の10%にあたる3億5千万円を減らしたことです。私はケチだから、巨大な広報費を使いたくないんです。一番少ないお金でいかに周知できるか、ゲリラのような戦いをしてほしいとお願いしました。皆様方の知恵も借りたいのですが、テレビや新聞などの広告をすべてなくすのはだめかなとも考えているくらいです。
ホスピスなども、もっと建てられるものと思っていましたら、法人等の受け皿の問題で、設立が難しいんですね。そんなふうにこちらが希望を持っていても、なかなか実行不可能な面もあります。それから国際貢献、ボランティア、社会福祉といったことは、人間が生きていて社会が動いている限り、変化があって当然のことですから、私共は基本精神を失うことなく、しかし状況に応じて柔軟に対応することがなければ、私共の任務を失うことになると思います。

◎老後は予測できない人生は3分割。運も楽しんで

私の両親は離婚して、父は後妻さんと暮らしておりましたので、母と夫の両親の3人と一緒に生活してきました。その中で得たものは、老後のことは予測できない、予測してもどうにもならないということです。
老後のことだけでなく、私の中には人生3分割みたいな思想があって、3分の1は自分の希望を強力に発揮できる、3分の1はあきらめる、そして3分の1は運を楽しむということなんです。かつて自衛隊の訓練を見たとき、そこでも運というもののパーセンテージが示されていました。あらゆるデータをコンピュータに入れて作り上げる戦略のようなものにも運があるということです。私は、これが人間のおもしろさであり、また、人間が思い上がってはいけないということを教えてくれていると思っています。
老後はやりたいこともありますが、1日でも若い人の世話にならないように、1日を感謝して生きたいと思います。