水野晴郎さん 映画評論家

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1996年03月-月刊:介護ジャーナル掲載より

最終的に社会の問題を解決するのは人の夢を実現させようという気持ちじゃないかなぁ

◎「映画って、そんなにいいもんですか?」

映画評論家の第一人者にのっけから失礼な質問をさせて頂く(当時64歳)。「僕は、敗戦まで国のために戦って死ぬと思ってたんです。滅私奉公の教育でしたからね。ところが、世の中ひっくり返った。戦場で死ぬことばかり考えていた少年に急に生きる方向なんてつかめっこありません。民主主義って言われたって解りませんよ。そんな時に映画を観たら自分の知らない世界があったんです。人生のすばらしさ、楽しさ、美しさ、自由の尊さ、人を愛すること…すべて映画が教えてくれました。例えば『幌馬車』さまざまな男女が協力して大平原を横断。困難を克服し新天地に到達。コミュニティーをつくり幸せになる。希望と勇気ですよ。明日への希望と勇気を与えてくれる映画っていいもんだと思いませんか」。

好きで好きでたまらない映画を仕事にしてしまった経緯を要約するとこうなる。
映画との出会いは、父の肩車で観た『丹下左膳』。4歳、旧満州でのことだったという。敗戦で岡山に引き揚げてきた15歳の少年の心は荒んでいた。そんなある日、青果会社の配送を終えて町を彷徨う彼は映画館の明るさに魅かれ入館。生まれてはじめての洋画『うたかたの恋』を観る。そこには想像もできない人生、世界があった。それを機に彼は急速に映画にのめり込んでいった。観れるかぎりの映画を観る生活が続く。その間、夜間高校を卒業、郵便局に勤務。通信課程で慶應義塾大学も卒業。

やがて映画の仕事に就きたい、そんな夢が生まれ、育まれていった。どうしてもアメリカ映画の会社で宣伝の仕事がしたかった。就職活動を始めて1年後、採用の通知が…。しかし、それは彼の望んだ宣伝の部署ではなく、しかも身分はアルバイト。もちろん迷ったという。父は既に亡く、弟たちも妹も幼かった。母も死に兄弟をつれて上京。だが、彼は夢に向かって前進した。

水野晴郎、25歳、映画人のスタートは団体動員係の臨時社員だった。その後は順風満帆。アメリカ映画配給会社の最大手2社で数々の作品を大ヒットさせ、映画界での地位を確立。現在は、テレビでの映画解説、執筆、プロモーションで活躍している。
映画から吸収した明日の希望と勇気は自らの人生にも反映。夢を実現させてきた。「誰でも夢は持ちます。僕は夢はどんどん膨らませて、少しずつでも実現させていくものだと思ってる。必ず実現するものだと信じてます」。

その言葉どおり、いま、映画人生40年ずっと夢見ていた映画監督作品が完成した。サスペンスあり、アクションあり、ロマンありのエンターテイメント『シベリア超特急』だ。彼は企画、制作、脚本、監督、出演、おまけに主題歌の作詞までこなす。「内容は、戦争の狂気が生んだ連続殺人事件です。スリル満点、最後の最後までドンデン返しの連続。楽しめる作品だと思います。名匠のヒチコック、オーソン・ウェルズの作品から学んだことを取り入れて映像の魅力を追及したつもりです。ともかく僕の集大成」。

夢はこれで終わらない。「井原西鶴の『好色五人女』の映画化。楽しい場所と言えるような映画館をつくること。世界の警察についての論文で博士号を取りたいし…これはポリス・サイエンスという学問が確立しているアメリカに留学しなければなりませんから、すぐには無理かな」。昭和6年生まれ、日本のみならずハリウッドにまで名を知られる人とは思えない軒昂さだ。人類が進歩したのは夢を持ったからだと言う。だとすれば、夢を持たなくなった、持てなくなった人間は停滞するだけだろう。

「いろいろな社会の問題を最終的に解決する決め手は個人個人の夢を実現させたいという気持ちなのかもしれないね。老人問題にしても、老人本人が夢を持ち、周りもそれを認め実現する手助けをする。そんな年で夢なんてみっともない、いまさら夢を持ったって実現させる時間も力もないじゃないの、それでは惚けるしかありません。もちろん国や市町村がバックアップするのは当然ですが。

老人問題をテーマにした映画ですか…?アメリカ映画では『黄昏』とか、いい作品がありました。日本映画の大会社は暗いマイナーなテーマは当たらないという発想で作らない。いい作品なら観客を動員できるのに。乙羽信子さんの遺作となり、ご主人の新藤兼人さんが監督で杉村春子さんが共演した『午後の遺言状』は、老年の女性の友情と生き方を描いたすばらしい作品で会場は満員。日本映画界も発想の転換が必要でしょう」。

「いゃあ!映画って本当にいいもんですね」という彼のキャッチフレーズともいうべき言葉には、60年近い映画への思いと愛、40年の映画人としての自負が込められていたのだ、と実感。そして、なりより限りない夢の対象へのラブコールのように思えてならない。