夢路いとし、喜味こいしさん 漫才師

このエントリーをはてなブックマークに追加
1996年02月-月刊:介護ジャーナル掲載より

人工膀胱を公表し、ファンを励ます自然体で100歳までやれたら…

「いと・こい」の愛称で親しまれている上方漫才界の重鎮である。ほのぼのとして、かつおかしみにあふれた“しゃべくり”は、聞くものの心を和ませる。コンビ結成から56年。上方お笑い大賞をはじめ、芸術選奨文部大臣賞、大阪芸術賞、大阪市民文化賞などを受賞。正統派の芸風は益々円熟してきた。この道ひとすじの兄弟は、今までもこれからも、あくまで自然体が信条。ボチボチと100歳まで続けられたら…と、静かに笑う。【写真】夢路いとしさん(当時70歳/右)喜味こいしさん(当時68歳/左)

◎子供漫才から56年新ネタに今でも緊張

いとしさん(兄)とこいしさん(弟)は、旅まわり一座の役者の子として生まれ、それぞれ7歳と4歳で初舞台。昭和14年、子供漫才としてデビューし、今や現役最古参となった。ベテラン中のベテランだが、「新しいネタをやるときなんかは、今でも精神的にしんどいなと思いますよ」と、緊張感を漂わせる。
「何しろ2人きりでやらないかんから。芝居なら何十人もいるけどね」どちらがコケても成り立たない厳しい仕事である。
長き道のりには、山もあれば谷もある。
「コンビ別れの話? 何度もありますよ」とこいしさん。
「1年ほど仕事のないこともありました」といとしさん。長続きの秘訣は、身内なればこその信頼感、安心感であろうか?

◎がん隠さず公表視聴者と文通も

こいしさんは19年前、膀胱がんのため手術、人工膀胱となった。そして、そのことを隠さず、むしろ積極的にテレビなどで公表してきた。
「自分なりに工夫して補助具を作ったことなんかを話したんです」すると、同病でしょげていた人の家族から「死にたいと言っていたのに、こいしさんに励まされ、元気になりました」とお礼の手紙をもらったり、手紙のやりとりが続いた人もいたという。「経験者のアドバイスは強いってことですね」。
人工膀胱に必要な器具は、現在、国から少し補助が出る。手術当時は全額自己負担だったのを、知人の国会議員らに訴え、やっと実現したという。「僕らにとっては生活必需品ですから、しっかり援助してほしいですね」。

◎刑務所慰問を20年目標はきんさん、ぎんさん

二人が刑務所や老人ホームの慰問をはじめて20年になる。吉本興業の元漫才師、中田アップ氏が会長を務める「楽笑会」に加わって月に5〜6回、ボランティアで回っているそうだ。
「刑務所にいる人達は笑いに飢えてるんですね。だから非常にウケる」とこいしさん。「千日前歩いてたら、出所した人にあのときは楽しかった、ありがとうって声をかけられた漫才師もいましたよ」といとしさん。
いとしさん70歳、こいしさん68歳。まだまだ続けてほしいとファンは願っているが、「無理してもアカンもんはアカン。階段は1段ずつ上がったらよろしい。5段、6段いちどに上がったら、てっぺん着くのは早いけど、落ちるときもいっぺんやから。もう、ええ歳やから、成り行きのままに、いうことですな」と、あくまで自然体を強調する二人。
しかし、「目標はきんさん、ぎんさん」と、ちょっぴり色気ものぞかせる。
「100歳の漫才もおもろいんちゃうかな。我々の仕事は、舞台まで歩ける脚力と、舌さえ回ればやれるから」ぜひがんばって、現役最長不倒記録を打ち立ててほしいと思う。