横尾 忠則さん 画家

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1999年07月-月刊:介護ジャーナル掲載より

「社会の常識や他者を意識せず、すべての既成概念から自分を解放」

さまざまな形容で讃えられてきた横尾忠則氏も60歳を過ぎた。今なお第一線にあり、現代の若者層にも強烈にアピールし、ファンを増やし続けている。既成概念を拒み続ける横尾氏の独特の世界観と日常生活を聞いた。(当時63歳)

◎日常での非日常的体験を体現する日本美術界の巨匠

24歳のときにサラリーマン生活をやめ、イラストレーター、グラフィックデザイナーとして独り立ちした。60年代にはさまざまなモチーフを組み合わせて表現するコラージュという技法を日本中に知らしめることになった、いわゆる“横尾調”といわれる土着的なポスターやイラストを次々に発表、国内外で高い評価を受け、その生き方と表現があいまって時代を象徴するヒーローとして一躍注目を集めた。
彼が描く大型ペインティングやポスター、CGには、滝、宇宙、ターザン、涅槃像、富士山などさまざまなモチーフが自在な時空間に登場し、日常と非日常がひとつの画面に祝祭的に融合している。インド体験、ニューヨーク体験、ビートルズ体験などさまざまな精神世界への放浪を重ねつつ制作される作品の数々は、今日に至るまでファン層を拡げ続け、多くの人々を魅了してやまない。81年には画家に転向、美術界においてその独特の世界はさらに深みを増したといわれる。
文筆家としても、エッセイや対談集などを発表し、数々の“横尾語録”を生み出してきた。

◎社会の常識や他者を意識せず自分の生理・衝動に従って行動

時間・空間・意識を越え、コンセプトを拒絶した世界を描き続ける横尾氏は、自身のスタンスを「生理的欲求、衝動に従っているだけ」と語る。「頭で計画を立てたりしない。計画すると最初に結論を出してしまう。どうなるかわからないけれど、まずやってみる。頭で考えるから不健康になるんです」。
人がやっているからとか、社会の常識に従うというのではなく、自分の法則や常識を大切にする。その姿勢を氏は20代の会社勤めの頃から貫いてきた。ただし、わがままを通すだけではだめだという。「社会の常識がおかしいといっても始まらない。人間の一生は会社で過ごす時間が多いんだから、そこにいること自体が自分の選択でしょう」。自分の気持ちを偽らず、しかし個人の欲得で動くのではなく、全体にとってプラスになることを理屈をいわず行動で示す、つまり結果こそが重要だと考える。
ところで横尾氏が見る夢も彼の作品に似て、突飛な内容のものが多い。特に1960年代終わり頃からは、その傾向が強くなった。UFOという言葉がまだ一般に知られていない時代に、空飛ぶ円盤に乗ってやって来た宇宙人が自分にメッセージを告げたり、宇宙人と一緒に他の惑星に行き、そこから地球を眺める夢も見た。夢の中で魂と肉体が離れる幽体離脱も経験し、自分の葬儀の様子を空から眺めたこともあるという。朝起きると見た夢をすぐに文章で記録する。最近は、夢と現実に起こったことを区別なく日記に書いている。
昨年12月には、約30年間にわたって見たこれらの夢を描いた絵と文章をまとめた『夢枕』(NHK出版)を出版した。「普段の創作活動も知らず知らずのうちに夢に影響を受けているかもしれない」が、夢が先か現実が先かは、横尾氏にもわからないという。

◎健康法へのこだわりは不健康、老い・呆けも自然に受け入れて

自分の生理に従うという独自の身体論に基づいて行動する横尾氏は、自身の日常にも既成のコンセプトを寄せ付けない。健康に気をつけていることも特になく、8時間の睡眠を確保し、アトリエまで晴れた日は自転車に乗り、雨の日は歩くぐらい。たまに水泳を楽しむこともあるが、クラブの会員にはなっていない。スケジュールに縛られず、自分の身体が求めているときだけ泳ぎたいからだ。「健康法という発想自体がこだわり、執着になる。こだわりから解放されるべき。会員になって時間を決めてもらったりしたら楽しみにならなくて、かえってストレスになる」。
それでもストレスを感じたときには、気になることを紙に書き上げ、その項目を一気に処理する。たとえばお礼の手紙や電話などは、交友関係も幅広いだけに大変な数になる。しかしそれらが滞ると人間関係がまずくなり、そのことがストレスになって体調を崩す原因になりかねない。そこでそういう事柄は、先延ばしにしないでできるだけ早くすませてしまう。
年齢を感じさせない横尾氏だが、最近はもの忘れが激しいという。「電話した理由を忘れて、ほかの話をしたりね。でも、呆けること、忘れることによって、生活が単純化していくのも、それはそれでいい。今の生活が複雑すぎるんですよ」。あくまでも自然体で無理がない。