釜本 邦茂さん 元日本サッカー協会副会長

このエントリーをはてなブックマークに追加
2006年03月-月刊:介護ジャーナル掲載より

すべては自分で身につけろ!

日本サッカー史上最高のストライカーとの呼び声高い釜本さん(当時61歳)。1968年のメキシコ五輪では7ゴールを決め大会得点王に輝くと同時に、日本の銅メダル獲得に多大な貢献を果たし日本中の脚光を浴びました。現役引退後は全国各地で子供達のサッカー教室を開催するなど、常にサッカーとともに歩んできた人生といえます。2004年からは日本サッカー協会副会長に就任され、サッカーの素晴らしさを子供達に伝えていくことが大切だと語ります。

◎世界中を歩き回りたい

1993年、日本サッカー界念願のプロ組織「Jリーグ」が発足した。また、今年6月にドイツで開催されるワールドカップを間近に控え、新聞・テレビなどで取り上げられることも多い。日本代表の試合などは、海外で行われていても生中継されるようにまでなった。しかしながら、釜本さんが子供の頃の人気スポーツといえば、もちろん野球。日本国内にはサッカーのプロ組織すらなく、数あるアマチュアスポーツのひとつに過ぎなかった。そんな時代にありながら、「野球で行けるのは甲子園球場だけ、サッカーなら世界中に行くことができる」という小学校時代の恩師の言葉に導かれ、サッカーにのめり込んで行くようになったという。「世界で一番盛んなスポーツはサッカーなんですよ。これは、今も昔も変わりません。ようやく日本でもワールドカップの面白さが認識されるようになりましたが、昔はメディアが取り上げてもくれなかった。だから、日本人がサッカーのことを知らなかっただけなんですよね」

◎一流の裏には努力あり

メキシコ五輪を機に、一気に世界中の関係者から注目を集めるようになった釜本さん。しかし、それはけっして生まれ持っての才能などではない。「たしかに身体的には恵まれていたかもしれません。でも、それだけで世界に通用するものではありません。僕がやっていたフォワードというのは、かなり特殊なポジションなんですよ。点を入れるために必要なものを、総合的に自分で身につけないといけない。チームの練習だけでは足りないんですよね。だからこそ、人一倍の努力が必要になってくる。私の場合、グラウンドだけでなく、日常生活のいたる場面がトレーニングの場でした。野球の王、長島、相撲の大鵬にしてもそう、一流と呼ばれる選手は、皆陰で努力をしていますよ」例えば電車に乗っても吊革は掴まない、椅子に座っていても足は浮かしたまま。街中を歩いていても、前から歩いて来る人をディフェンダーに見立て、フェイントで抜き去るイメージトレーニング。何気ない生活の中でも、常にサッカーのことを考え続けてきたことが、その後の活躍につながっていった。

◎突然のアクシデント

しかし、釜本さんのサッカー人生が順風満帆だったわけではない。メキシコから帰国後、翌年に控えたワールドカップ予選に向けて練習に励んでいた矢先のことだった…。「東南アジアでの遠征で、ウィルス性急性肝炎にかかってしまって…。それまでの疲労の蓄積も重なって、50日間も入院することになったんですよ。身体が快復しない苛立ち、ワールドカップ予選に間に合わないかもという不安に苛まれましたね」。しかし、主治医の先生の言葉が、開き直らせるきっかけとなった。「ワールドカップ予選には間に合わないんだから、身体を治すことが先決。身体が治ったらサッカーができるじゃないかといわれ、心の中にあった苛立ちがスーッと消えていきました」。退院後、すぐさまグラウンドに復帰するものの、しばらくは入退院を繰り返しながら試合に出続けた。だが、それまで日々の鍛錬を欠かさなかったことが、日本代表75試合に出場して73得点。Jリーグの前身である日本リーグ251試合に出場して202得点という驚異的な得点率を叩き出すことに繋がったのである。

◎Jリーグは最高の舞台

「オリンピックにも2回出たし、サッカーで世界中を回ることができた。そういう意味では、子供の頃の夢が実現したといえるかもしれませんね。僕らの時代はアマチュアだったのでお金にはならなかったけど、サッカーを通じて多くの仲間に出逢うことができましたし」。

1984年、東京・国立競技場で行われた引退試合には6万人の大観衆がスタジアムを埋め尽くした。“サッカーの神様”ペレもブラジルから訪れ、日本が誇るストライカーの現役引退に花道を添えた。その後、40歳まで働いたヤンマーを去り、子供たちへのサッカー教室などで全国を回り始める。「現役引退後もサッカーでご飯が食べられる人は、ほんの一握り。サッカーに携わっていけるだけでも幸せな人生ですよ」と釜本さんは語る。

2004年からは日本サッカー協会副会長に就任し、日本のサッカー界すべてを統括していく立場になった。最後に、未来のプロを目指す子供たちのために、Jリーグで活躍する現役選手への提言を忘れなかったのが、釜本さんらしいところだ。

「Jリーグが発足して、まだ13年(2006年時点)しか経っていません。アマチュア時代とは比べものにならないほど観客が増えましたが、まだまだこれからですよ。ようやくプロという最高の舞台が整ったので、この舞台を守り続け、子供達に残していくことが今の現役選手たちの使命です。下手なプレーをしていると、誰もスタジアムに足を運ばなくなる。とにかく良いサッカーをすること。それが日本サッカー界全体の発展につながるんです」。